体験談 / 一病息災 Vol.107 – 腎臓サポート協会

体験談 / 一病息災 Vol.107

腎臓病と共にイキイキと暮らす方々に、腎臓サポート協会理事長 松村満美子がインタビュー
(職業や治療法は、取材当時のものです)
  • PD
  • HD
  • 移植

川岸 拓馬 さん(かわぎし たくま:1990年生まれ)

物心ついたら腎不全だった。腹膜透析(PD)、血液透析(HD)、腎移植から、再びHDへ。臨床工学技士として頑張っています!
1990年、石川県金沢生まれ29才、臨床工学技士。東邦大学医療センター大森病院勤務。小児の巣状糸球体硬化症で1才でネフローゼ発症、3才で腹膜透析(PD)導入、9才血液透析(HD)導入、12才母親からの提供で腎移植、20才バーキットリンパ腫発症、移植腎廃絶でHD再導入。21才臨床工学技士(ME)試験合格、24才現職、透析・救命センター勤務。独身。

患者さんの体験談~一病息災~ vol.107

透析を知ると、どうしたら透析が楽になるかわかります。

幼児期に腎不全になった川岸拓馬さんは、12才のときに腎移植を受けた病院で臨床工学技士(ME)という職業を知り興味を持ちました。移植した腎は8年でだめになってしまいましたが、初志をつらぬきMEとなり、週3回透析をしながら自立して仕事をしています。自分も病気だからわかること、医療従事者だから患者さんにいいたいこと、やりがいを感じ、この道を極めていきたいという熱い思いを話してくれました。

自分でやるPDなら旅行も自由にいける

松村 7月のサイコネフロロジー研究会* で発表なさったそうですね。
*サイコネフロロジー研究会:慢性腎臓病(CKD)や透析を受けてい患者さんは不安や悩みを抱えることが多い。それらの問題を精神・心理 (サイコ ) と腎臓(ネフロロジー)病の両面から研究している団体。
川岸 はい、臨床工学技士(ME)として日々多くの透析患者さんに接していますが、実は僕自身も透析をしています。それで自分自身の経験を話すことで患者さんとの関係がどう変わっていったかを考察して発表しました。
松村 透析をしているようには見えませんが、、、
川岸 皆さんそうおっしゃいますが、実は幼少時から腹膜透析(PD)、血液透析(HD)をしていて、母親からの提供で腎移植もしたのですが、合併症で移植腎が8年でダメになってしまって。それで20才のときから週3回透析を受けながら働いています。
松村 腎不全の治療のすべてを経験しているんですね。それを患者さんに話すんですか?
川岸 腕にシャントの傷跡があるので、「それ、どうしたの?」と聞かれれば、お話しします。
松村 びっくりするでしょう?
川岸 そうですね。透析になったら人生終わりと考えている人もいますから、透析しながら働いているのに驚かれます。
松村 そうですよね。それにご自分の経験を話すことで患者さんは親近感を持たれるのでは??
川岸 そういうこともありますね。ここは急性期病院なので透析を導入され、合併症や精密検査、手術を目的に入院する方が多く、僕が透析をしていると知るとホッとして、緊張がほぐれるのかもしれません。
松村 安心するのでしょうね。
川岸 そうだといいのですが、辛い経験を話してマイナスの印象を持たれないように配慮しています。
松村 患者さんと親しくなったりすることもあります?
川岸 入院中の短い間なのでそんなに親しくはなりませんが、透析のたびにいろいろと質問する患者さんもいますね。
松村 どんな質問をされますか?
川岸 水分管理はどうやっているかとか、どういうものを食べているのとかですね。
松村 なんて答えるんですか?
川岸 僕は制限してないので、その通り答えます。でも制限してなくても、加減していること、そして毎回きちんと透析していることを説明します。
松村 患者さんとの会話で印象に残ることはありますか?
川岸 お話しているうちに、気がつかなかった気持ちとか思いを聞くと、信頼されていることが伝わってきて嬉しいですね。
松村 気をつけていることは?
川岸 その方がどうして透析になったのか考えながら話します。どんなことが問題なのか、どんなことに気をつければいいのか、患者さんの不安を解消できるように接することを心がけています。

腎移植の先生が将来の仕事を教えてくれた

松村 原疾患はなんですか?
川岸 小児の巣状糸球体硬化症で、1才のときにネフローゼになりました。
松村 それでいつから透析を?
川岸 3才でPDを始め、腹膜炎を起こしたりして、小学5年生でHDへ移行しました。
松村 HDは成長ホルモンまで排出してしまうので、子供にはあまりしないんですよね。
川岸 成長ホルモンの注射をしていましたが、やはりあまり背は伸びませんでしたね。
松村 じゃ、週3回病院に行っていたのですか?学校は?
川岸 いろいろな病院にかかり、朝から透析をすることも、夜透析をすることもありました。
松村 辛かった?
川岸 物心ついたときには腎不全だったので、辛いというより、しなくてはいけないものでした。まだ精神的に弱かったし、透析中に頭が痛くなったりしたことはあります。針を刺されるのが嫌だったのは鮮明に覚えていますね。
松村 食事はどうしてましたか?
川岸 特に制限していませんでした。給食も皆と一緒に全部食べていました。とにかく食べることは大好きでした。
松村 子供はあまりタイトにしないという考えだったのですね。
川岸 そうだと思います。体育もPDでは水泳や鉄棒はダメでしたが、基本的に皆と同じで制限はありませんでした。
松村 のびのび過ごさせる方針で、よかったですね。
川岸 でもやっぱり学校より入院の記憶のほうが多いです。
松村 そうでしょうね。それで腎移植はいくつのときに?
川岸 12才、中学2年のときです。
松村 どちらで?
川岸 都立の清瀬小児病院で、宍戸清一郎先生に執刀していただきました。そのとき宍戸先生からMEという仕事について聞き興味を持ったんです。
松村 それでMEの学校に?
川岸 はい。移植後は順調に経過していましたが、8年目、20才のとき、MEの国家試験直前にバーキットリンパ腫を発症しました。免疫抑制剤の副作用だと思うんですが、これを切除する際に腎動脈が傷つき、移植腎が廃絶してしまい、透析再導入になりました。
松村 残念でしたね。国家試験は大丈夫だったんですか?
川岸 そのときは受けらませんでしたが、次の年に合格し、就職しました。
松村 今の病院に?
川岸 いえ、最初は透析クリニックでした。バーキットリンパ腫で入院したのがこの病院で、透析を再導入したときに担当MEさんと仲良くなりいろいろ教えていただくようになりました。それがきっかけで呼んでいただいたんです。
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毎回の透析を楽にすることがQOLを高める

松村 今の仕事は何年目ですか?
川岸 5年目です。
松村 透析医学会でも発表したとか。
川岸 はい、透析機械の使用評価について発表しました。
松村 今は主にどんな仕事を?
川岸 この病院ではMEが関わるのは透析センターのほか、救命センター、カテーテルインターべーション室、オペ室や機材室がありますが、透析と救命がひとつのチームを作っていて、そこに所属しています。患者さんと接する機会があるのは透析室だけで、自分の体験も活かせるので積極的にやっていますが、救命センターの仕事もあります。
松村 救命というとERのような?
川岸 そうです。敗血症とか心肺停止症例、24時間透析をするとかです。人工心肺装置などもあり、人工呼吸器の点検は自分の業務です。今は駆け出しで分からないことだらけですが、いろいろと勉強していきたいと思っています。
松村 それはやりがいがありますね。
川岸 学生時代、MEは機械をいじるだけというイメージでしたが、実際はチーム医療で、自分も採血データやレントゲンを見て、この患者さんはこうしたほうがいいんじゃないかとか考え、医師や看護師さん、薬剤師さんとディスカッションします。実際に患者さんに接して仕事ができるので、非常にやりがいを感じます。
松村 患者さんと接することが、逆に自分の病気に良かったということはありますか?
川岸 患者さんにアドバイスする立場になったので、自分も自己管理をきちんとするようになりましたね。
松村 自分の経験から、患者さんにアドバイスできることは?
川岸 透析治療に興味を持ってもっと知って欲しいです。
松村 というと?
川岸 食べたり飲んだりし過ぎて体重が増え、でも透析は嫌だから3時間にしたいというのはどう考えても無理があります。
松村 そうなんですか?
川岸 透析と透析の間に体重が増え過ぎると、時間あたりの除水量を増やさなければなりません。そうするときつい透析をしなくてはならなくて血圧が下がり透析治療が辛くなってしまいます。
松村 辛いのが嫌なら、食事管理をしっかりしなければ…。
川岸 患者さんが治療に向き合い協力してくれないと、透析は医療者だけではどうにもならないんです。
松村 それはそうですね
川岸 透析は治す治療ではありません。だから1回1回の透析をいかに楽にできるかでQOLは大きく変わります。自己管理をしっかりすると透析が楽になる。透析が楽になると、毎日がよりよくなると思うんです。

インタビューを終えて

勉強熱心で前向きな好青年という印象で、幼いときから闘病生活をしてきた人という感じはしませんでした。「透析はしなくてはならないもの、嫌だなどというものではない」というのは、さすが病気の達人。彼の達観した姿勢を、透析初心者は見習うといいのかもしれません。今は東京でしかできない勉強をし、将来はお母様が住む金沢に帰ってMEとして働きたいということですが、素直で誰にでも可愛がられる人柄が道を切り開く助けになるに違いありませんね。患者に寄り添うMEとしてこれからもご活躍くださいね。

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