体験談 / 一病息災 Vol.105 – 腎臓サポート協会

体験談 / 一病息災 Vol.105

腎臓病と共にイキイキと暮らす方々に、腎臓サポート協会理事長 松村満美子がインタビュー
(職業や治療法は、取材当時のものです)
  • 移植

岩間 ゆかり さん(いわま ゆかり:1986年生まれ)

精神的ストレスのため腎移植後に腎機能が悪化!
気持ちの整理術を学んだことで今はとっても元気です。
1986年6月生まれ。32才。2才で腎臓のがん「ウイルムス腫瘍」が見つかり、抗がん剤・放射線治療をしても効果はなく、5才で腎臓切除、父より移植を受ける。専門学校卒業後、障害者枠で就職。28才で再び腎不全となり、2016年30才で伯母より提供をうけ再度腎移植。移植後、精神的に不安定になり、入院治療して、現在は元気に仕事を続けている。

患者さんの体験談~一病息災~ vol.105

なんでも相談できる主治医と巡り合い、腎臓病と向き合うことができました

幼少時にお父さんの腎臓を移植した岩間ゆかりさん、普通の子供と同じように成長し、社会人としても生きがいを感じていました。ところが再度腎不全となり、伯母が腎臓を提供してくれて再移植をしたものの、術後の精神的ストレスで一時的に腎機能が悪化。主治医の指導で精神科に入院し、自分の気持ちの整理術を学びました。今では新たなやりがいも見つけ、元気に生活しています。

小児がんで腎摘出後 移植で普通に成長!

松村 生体腎移植を2回したそうですね。
岩間 はい、最初は1991年5才のとき。2回目は2016年2月で、30才でした。
松村 原疾患はなんですか?
岩間 腎臓にウイルムス腫瘍という小児ガンができたんです。
松村 いくつのとき見つかったの?
岩間 2才です。体調が悪そうと病院に連れていったら、もう手遅れということで、抗がん剤治療を始めたそうです。
松村 赤ちゃんが抗がん剤って、かわいそうに。
岩間 放射線治療も受けましたが、それもダメで、腎臓をとることになったそうです。
松村 ふたつともですか!移植手術はどちらでしたのですか?
岩間 腎臓を摘出するまでは順天堂大学で診てもらっていましたが、移植手術は女子医大(東京女子医科大学)で、それからは女子医大で診てもらっています。
松村 そのときはどなたから腎臓をいただいたんですか?
岩間 父です。
松村 それで元気になったんですね。
岩間 2つ下の妹に比べると、腸捻転になったり、しょっちゅう病気をしていて身体は弱かったですが、なんでも食べれるし、元気でした。
松村 学校生活はどうでしたか?
岩間 小学校にあがったころは激しい運動は禁止されていて、自分は普通とは違うことに気がつきました。でも給食もみんなと一緒に食べ、ほかの子供と変わらずに小中高と進学しました。その後は専門学校を卒業して、富士ゼロックスの販売会社に就職することができました。
松村 障害者枠ですか?どんな仕事をしていたのですか?
岩間 障害者枠で、事務職です。

再度腎不全で再移植後、ストレスで腎機能悪化

松村 それでお父さんの腎臓はどのくらい保ったんですか?
岩間 25年です。
松村 ずいぶん保ちましたね。
岩間 小さいころ病気だった話は聞いていたので、20歳くらいまでしか生きられないと思ってたんですけど。
松村 それが30才までは元気だったんですよね。
岩間 はい、あたりまえに生活ができ、社会人として仕事もできるようになったことは幸運だと思ってました。
松村 また腎不全になったのはショックだったでしょうね。
岩間 ちゃんと働けることが支えみたいになっていて、仕事が生きがいだったので、続けられるかとても不安になりました。それに父からもらった腎臓を生涯自分のものにすることができなかったことが、本当に申し訳なくて…
松村 ご家族はなんて?
岩間 家族で何度も話し合いました。
松村 透析は考えなかったんですか?
岩間 透析も何回か受けたことはあります。薬で良くなることも何回かありました。でも尿毒症がどんどんひどくなって、不安が強くなるばかりでした。家族は、最初の移植の経験からも、移植が最善の治療法だと、話し合いを続けてくれました。
松村 どうしても移植させてあげたいと考えてくださったのね。
岩間 はい、最初は母が候補になって検査を受けたのですが、持病があってドナーになれなかったんです。
松村 ではどなたが腎臓を?
岩間 伯母です。その前に2歳年下の妹が申し出てくれたのですが、20代で結婚もしていなかったので、主治医から「妹さんの人生も大切に」といわれて。それで候補を親族まで広げたら、伯母が、母の姉なんですけど、「前から考えていたのだけど、私の腎臓で良ければ」と。
松村 いってくださったのね。
岩間 はい、伯母は小さい頃もいつも看病してくれて、結婚はしていますが、子供がいないので、娘のようにかわいがってくれていたんです。
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松村 それは恵まれていましたね。今は親族からの提供は少ないんですよ。血液型が違っても移植できるようになったので、親子や夫婦間が増えているんですよね。それで伯母さまはお元気?
岩間 はい、ときどき一緒に食事にいったりします。
松村 それは良かったですね。術後は順調に仕事に戻れましたか?
岩間 術前・術後で半年休みました。私は1日数時間から始めて少しずつ仕事に復帰したかったんですが、会社の規則上それができずに、すぐフルタイムに戻りました。
松村 徐々にでなく大丈夫でした?
岩間 移植腎も定着し、検査データも良くなって、元気になるはずだったんですが… それが精神的にとても不安定になってしまって…
松村 どんなふうに?
岩間 不安で不安で、体調も悪くなり、腎機能が低下してクレアチニンが2くらいまで上がってしまったんです。
松村 移植後に精神的に不安定になるというのは、よく聞きますね。それによっていろいろな病気が発症することもあるようですね。それでどうしたのですか?
岩間 主治医が相談にのってくれました。最初の移植から診てくれている先生なんです。
松村 女子医大の先生ですか?
岩間 腎臓外科の三宮彰仁先生です。1回目の移植のときは研修医だったんですが、かわいがってくれて、相談にのってもらったり、2回目の移植のときは執刀してくれました。とても信頼しているんです。

気持の整理術を学び 不安をコントロール

松村 それで先生はなんと?
岩間 精神科で診てもらえるように手配してくれ、1ヶ月入院しました。
松村 精神科に?
岩間 はい。ちょっと抵抗があったのですが、ここを超えれば元気になれると信じて頑張りました。
松村 どんな治療をしたんですか?
岩間 音楽療法とか作業療法とか。フリースペースがあってそこで話をしたり、塗り絵をしたり、患者がやりたいことをするんです。
松村 効果はありました?
岩間 たぶん。それから自分で思ったり、感じたことを書いてみるようにいわれました。最初はそんなことで変われるのかなと思いましたが、先生が「騙されたと思ってやってみたら」というのでやってみたら、私にあっていたようで、心の整理がついてきたんです。
松村 それはすごいですね。
岩間 精神科は雰囲気が違っていて異様な感じで最初は不安になりました。でも今考えると、診てもらってすごく良かったと思うんです。今でも心配なことがあったり、不安になると、紙に書いて心の整理をつけています。
松村 良かったですね。それで体調も良くなったのですね。
岩間 はい、元気になりました。
松村 今は、なにか気をつけていることとかはありますか?
岩間 疲れをためないようにしています。移植してからはたんぱく質制限はなくなりましたが、塩分には気をつけ、バランス良く食べ、鮮度の良いものを食べるように気をつけています。
松村 定期診断も続けていますか?
岩間 はい、今は原則月に1回ですが、具合が悪くなったらすぐ診てもらうようにしています。
松村 最近なにかありましたか?
岩間 昨年、インフルエンザにかかってしまって。
松村 ワクチンは接種してなかったんですか?
岩間 ワクチンを打っても毎年かかってしまうんです。でもワクチンのおかげで症状は軽くて済んでいます。
松村 それは不幸中の幸いですね。仕事も順調ですか?
岩間 はい、働き方改革のプロジェクトメンバーに入れてもらったんです。従業員の声をまとめて会社に報告したりしています。
松村 やりがいがありますね。
岩間 はい。こんなに元気に生活していけるのは、主治医の先生や腎臓を提供してくれた伯 母や父、会社の人たちなど、大勢の方が支えてくれたおかげだと思っています。
松村 そうですね。
岩間 今度は、少しでも恩返しがしたいと思って、たとえば闘病中の人とか、一人ぼっちで孤独な人とかを支えられるような手伝いができればと、患者会活動や、体験談を話したりしているんです。

インタビューを終えて

岩間さんは昨年の作文募集に応募くださった方です、まだ幼いときに腎移植をしてそのまま一生を過ごせると思っていたのが再移植となり、そのときの葛藤を書いてくださったのが心に残りインタビューをお願いしました。そうしたらとてもかわいらしい方が現れて、きっと精神的なストレスを乗り切って心身ともにより元気になられたのでしょう。仕事への意欲や、新しく始めた患者会活動などもいきいきと話してくださいました。頂いた腎臓を大切に、素敵な人生を切り開いてくださいね。

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