心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.94(2017年8月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

平松 信 先生   

岡山済生会総合病院 外来センター長、腎臓病・糖尿病総合医療センター長

腹膜透析をしながらアクティブに生き、天寿を全う

 透析医療は、透析のみでなく、患者さんの生涯医療、全人的医療、そしてそれを支えるチーム医療が遣り甲斐となっています。すなわち、一人ひとりの患者さんに、生涯に亘って寄り添うことができることから、多くの患者さんが心に残っています。

 81歳でCAPDを開始された患者さんは、2006年腎臓サポート協会松村満美子理事長の一病息災のインタビューを受けて、当院の玄関前での写真が“そらまめ通信”の表紙を飾りました。その際の記事は、次のように始まっています。「岡山県在住で今年86歳のMさんは、81歳でCAPDを選択、操作方法も自分で学び、現在まで大きなトラブルもなく、毎日自分で透析液を交換しています。趣味にお友達との交流にと、楽しい日々を送るMさんの、そんな“スーパーおばあちゃん”ぶりをご紹介します。」

 趣味の編み物が特技で、ご自分の着るものから人形の帽子などを作り、まさに人生を楽しみながら生きておられて、CAPDのバッグ交換、出口部ケアは生活の一部でしかありませんでした。腹膜炎やカテーテル出口部感染など、CAPDに関しての合併症やトラブルは全くありませんでしたが、加齢により脊椎圧迫骨折を起こしたころより、毎回の通院に息子さんご夫婦がご一緒に来られるようになりました。

 その後も、ご家族の支援でCAPD外来を受診されていましたが、ある年の夏に食欲不振で入院されました。それでも再びお元気になられて、秋にはCAPD外来に通って来られるようになりました。退院後はじめての外来受診時にMさんと三上裕子師長と3人で撮ったのが思い出の写真となりました。その年の暮れに衰弱のため入院され、10日後に穏やかに94年の天寿を全うされました。入院中の主治医が診断書に「老衰」と書きたかったのですが、入院中であり「心不全」としましたと申し訳なさそうに報告してくれました。それは同じように12年間CAPDをされていた93歳男性の自宅での看取りにおいて、死因が「老衰」であったことにスタッフ一同が心を動かされたことによります。

 Mさんの前向きな生き方とご家族の愛情と支援が、豊かな人生を可能にしたように感じています。12年4か月の長い間CAPDが自然に継続された背景には、腎不全以外には大きな併存症や合併症が少なかったこと、最後まで一日1リットル以上の尿量が残存したこと、失われていく能力への家族の段階的支援が得られたことなどが大きな要素ですが、高齢患者さん一人ひとりの総合機能評価と、患者さんを取り巻く環境に対応した支援ができれば、多くの高齢腎不全患者さんがCAPDを選択できると信じています。

 若い人にはできない生き方、そして死に方が老衰です。たとえ透析患者さんであっても老衰で亡くなることは可能です。その人の生涯にスタッフとともに関わっていけることの有り難さ、そのことを教えてくださったMさんに心から感謝しています。

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